日土水むらは好きなときに好きなことを好きな人と好きなだけやる。
そして「自分らしさ」を大事にして活動する人たちの集まりです。
で、そんな個人の集まりが、いつか大きなチカラになることを夢見ています。
米や野菜を作りたい人がつくり、それで料理や加工品をつくりたい人がいて、それを出す店があります。
そのお店は建てたい人が建てました。そのあと、家具や内装をつくりたい人が勝手につくって置いています。
そこで歌い、踊る人がいます。その人のつくった音源がBGMです。
お店に飾る絵を描いて、その絵に感動した人が、絵の描きかたを教えてもらい、他の人に教えることもあります。
おそろいのユニフォームがほしいと思った人が、自分が着たいとおもった服をつくって店においておきます。
「あ、これステキ」と感じた人がもっていき、そのかわりに別のなにかを置いていきます。
そのなにかがアクセサリーのときもあり、そのアクセサリーを誰かがSNSで紹介して、それを見た人がお店にきます。コーヒーを淹れるのが好きなので、来た人にコーヒーを出します。
そこにいる人が、自分の手があいたときにできることをします。
自分ができないことは、かわりにできる人がやります。
お金はいまのようなカタチではありません。お金が支配する世の中ではなくなるわけです。
やったことはないんですが、あるときを境にそんな社会になると僕は妄想しています。
でも、そのあるときは指をくわえてもやってきません。
いま自分が知っているなにかをやって、やり続けることです。
そうすると、あるトキどこかでなにかしらのカタチで、それに近いことができると思っています。
思っているというより、そうなると信じています。
そのために半農半Xで生きる人を増やしていくことが、僕個人がやりたいことです。
と前置きが長くなりましたが、そんな半農半Xについてです。
半農半Xについて知っている人には、おさらいの内容です。
半農半Xとは?
半農半Xという言葉は、2015年くらいから、ボチボチと目にする機会が増えた印象です。
僕自身は「ダウンシフターズ」という生き方を知ったのがきっかけで2013年あたりから、
ダウンシフトして半農半Xな生き方ができればいいなぁ
と思っていました。で、あれこれ情報をあつめていて、2023年から実現にむけて動いているトコロです。
半農半Xについて調べたことを僕なりの言葉にまとめると、
自給自足的な農業に加えて、もう一方の「X」には別の仕事や活動を意味し、ライフスタイルに柔軟性を持たせる働き方や暮らし方をすること。
半Xは何をいれてもOKです。人によって異なる副業や趣味、専門分野などが当てはまります。なにをいれるのも自由です。
お金になるとかならないとか、すごいとかすごくないとか、そんなのカンケーねぇ、カンケーねぇ。はいオッパッピー!
とさけんで、自分らしさを表現できるなにかをいれましょう。
いま社会の構造が不安定になり、人間らしい持続可能なライフスタイルに関心をもつ人が増えてきました。
都市と地方のメリット・デメリットがハッキリしてきて、このような生き方が注目を集め、さらには憧れる人も増えています。
持続可能で、精神的に充実した生活スタイルが求められていて、今後もさらに広がっていく可能性があります。
台湾でも半農半自由という言葉で半農半Xが紹介されています。
決められたトキに決められたコトをおなじような人とおなじようなことをする
そんな生き方をしていた資本主義の呪いが解けた人から、半農半Xの可能性に気づき、行動する人がふえる。
僕の個人的な願いもふくまれていますが、こういう生き方にシフトしていく人がふえるんだと思っています。
いや願っています。いやいや信じています。
なんでやらなきゃいけないのか?
というか半農半Xが必要なんです。
んじゃあ、なんで半農半Xをしなきゃいけないのでしょう?
国をたよれない可能性が高いからです。
もう陰謀論とか都市伝説とかじゃなく、政府は僕らの生活を守ってくれません。政府の上にある仕組みが壊れているからです。
その仕組みをつくったのはDS(ディープステート)と呼ばれています。
DSを陰謀論といって信じないのは日本人くらいじゃないでしょうか。みんなと一緒がすきな国民が世界では少数派なわけです。
そのDSはエネルギーとお金をつかって世界を支配しようとしていました。ですが、その企みは失敗という終わりにむかって、まっしぐらです。
沈まないはずの巨大客船が沈みかけているんです。
かつて巨大客船を沈めて大儲けした連中が、いま沈む船に残される立場にいます。
なんですが、ああいうヤツラって悪あがきが大好きで、最後までなんとかあがこうとします。で、たぶん逃げきるでしょう。
大変なのはその客船の乗組員やなにも知らないというより知ろうとしない人間です。
具体的にいうと、いま必死に稼いでいるお金がただの紙切れになります。
お金をもっていても何も買えません。
お金以外のだれかの役に立つモノやコトがないと、お米を買うことができません。
そうなる可能性は円(日本)は低いと言われていますが、それはそうなったときにしかわかりません。
もし、そうなったらどうやって生きますか?
最初は殴りあい、奪いあいの社会になるかもです。多くの弱い人間はタマをとられます。
その社会を生き残るには、多少の腕力は必要です。
オススメは太極拳です。生き残りたい人、修羅の世界の先にある世界をみたい人は、いまのうちに練習しときましょう。
と話はそれましたが残った人間が、
もうあらそってもしょうがないよね
と気づき、そこから共創の世界になります。
百姓が活躍する時代へ
半農半Xというと新しいモノに感じますが、半農半Xは昔の日本人の生活にもどることだと思っています。
百姓が活躍する時代にもどることです。
百姓というと差別用語になるとかで、テレビでは放送禁止なんだそうです。お百姓さんと言ってもギリアウトなんだとか。
もしかしたら百姓という言葉は素晴らしい言葉で、その素晴らしさに多くの人がめざめると困る人がいるのかもですね。
そんな陰謀論はさておき、多くの日本人が百姓にもどることです。
みんなで米を育てながら、あまった時間で好きなことを好きなように、好きな人と好きなだけする、そんな生活をすることです。
昔の日本、江戸時代はそれで生活がなりたっていました。
他の国がキッタハッタの争いをしているなか「ミラクルピース」とよばれる生活を260年やっていたのが江戸時代の日本です。
江戸時代は士農工商という階級があって、多くの人は貧しい暮らしをしていたと言われています。
ですが、それは後づけされた間違った認識とも言われています。
そんな百姓にもどりたいけど、どうやればいいかわからない。
そんな人は日土水むらのむらびとからはじめませんか?
僕たちもわかりませんが、一緒にやっていけばなんとかなります。なんとかします。
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